子育て
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「男の子だから」「女の子だから」の固定観念が奪う個性や可能性

Risa
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ある子供服店でのエピソード

おすすめされた女の子向けの服はピンク色だった

桜が咲き初めた頃、生後4ヶ月の娘は夫と家でお留守番してもらい、私は1泊2日の旅に出ました。

旅先を歩いて散策していると、可愛らしい看板が立つ建物の前を通りかかりました。

そこは子供服店でした。

娘へのお土産になるものはあるかな‥と店内を覗いてみると、白鳥のイラストがプリントされた水色の服が目にとまります。

娘にぴったりのサイズが店頭に置いていなかったので、同じ白鳥の服で他のサイズはないかと店員さんに尋ねてみたところ‥

店員さん
店員さん

あいにくこの柄の70サイズは売り切れてしまって‥。
お子さんは男の子ですか?女の子ですか? 

あら、そうなんですね‥!女の子です。

店員さん
店員さん

女の子向けですと‥これとこれとこれがありますよ。

そう言って、店員さんはピンクの服をいくつかピックアップして私の前に並べてくれました

ありがとうございます。(そう来たか!)

店員さんに悪気はなく、むしろ私が選びやすいよう気を利かせてくれたのはわかります。

でも、ここまでストレートに「女の子向けのピンクの服」を提案してくれるものかと困惑してしまったのです。

私が娘のために白鳥のイラストがついた水色の服が欲しいと思ったのは、白鳥のイラストがとても可愛らしく、娘に水色が似合うだろうと思ったからでした。

「女の子にはピンクの服」が奪うもの

「女の子にはピンクの服」では個性や可能性を奪ってしまう

ベビー服の色とジェンダー

子どもが生まれて以来オンラインでベビー服を探していると、色のバリエーションがピンクか水色の二択のことがよくあります。

サイト内でカテゴリわけしてあり女の子向けにはピンク系の服を、男の子向けには青系の服を掲載してあるサイトもあり、商品ページの購入者レビューを見てみると「男の子に青を選びました」「女の子なのでピンクを買いました」との投稿が。

そもそも赤ちゃんの段階から、性別ごとに男女の服を分ける必要があるのでしょうか。

生物学的には男女の身体は違うかもしれませんが、少なくとも生まれたばかりの赤ちゃんの時点で体型に大きな違いはないはずなのに。

なんでベビー服を全色年齢別にならべないんだろう。幼い子供の体型は、男も女も、どっちも似たようなものなのに。

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ「イジェアウェレへ フェミニスト宣言、15の提案」(河出書房新社)p.028

ちなみに私自身、小さい頃は親が選んだ赤やピンクの服を着せてもらっていたのですが、物心ついた頃から青色が好きで「青がいいのに!」とプチ抗議していたようです。

ランドセルの色とジェンダー

小学校への入学前にランドセルを買いに行く時、紺色のランドセルが欲しかったのを覚えています。

当時、よく見かける小学生の女の子が背負っていたのは赤色か薔薇色のランドセルでしたが、私の叔母が小学生の時、紺色のランドセルを使っていたというのを聞いたことがあったし、私は赤系より青系の色が好きだったためです。

しかしランドセルを見に行った先で店員さんに案内されたのはやはり、赤か薔薇色のランドセルでした。

ひとりでお金を握りしめて紺色のランドセルが売っている店舗を探し買いに行けたなら、紺のランドセルを手に入れられたかもしれませんが、当時は5歳。それは叶わなかったのです。

結局私は赤いランドセルを背負って小学校に通いましたが、いざ自分に子どもが生まれ、親や社会が典型的なジェンダーの固定観念に基づいて子どもに接したりものを買い与えることで、彼・彼女の人生にどのような影響があるのだろうとあらためて考えるようになりました。

彼女の茶色い肌にはブルーが似合いそうだしーそれを買いました。するとレジの人が、わたしが選んだものは男の赤ちゃんにぴったりの贈り物だといいました。女の赤ちゃんのためだというと、その人はびっくり顔で「ブルーを女の赤ちゃんに?」といったんです。

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ「イジェアウェレへ フェミニスト宣言、15の提案」(河出書房新社)p.028

男の子はこういうもので女の子はこういうものという考えを、社会がいかに早期に刷り込みはじめるか、わたしはよく認識していなかったのです。

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ「イジェアウェレへ フェミニスト宣言、15の提案」(河出書房新社)p.029

過去から続くこのこびりついた固定観念のようなものを、私たちの世代ではがしていかないと、未来の世代へ受け継いでしまうのでは?と思ったのです。

社会が決めた性別規範に沿って育てるのは、その子本来の個性や好きなもの、他の可能性を押し潰してしまうと思いませんか。

「女の子だから」ではなく「あなただから」と言ってほしい

「女の子なんだから〇〇してはだめ」への疑問

実家のダイニングテーブルに座った時、私は足が床に届かない小さい頃に、よく足をバタバタと動かしていました。ダイニングテーブルは透明のガラスでできていたので、食事中、私が足を動かしているのが丸見えだったのです。

私の父は、それを見るたび私に「女の子なんだから足をバタバタするのはやめなさい」と言いました。

なぜ女は食卓で足をバタバタしてはいけないの。男の子だったらいいの?と思った記憶があります。

私には弟がふたりいますが、父が弟たちに同じ言葉をかけた場面をみたことがありません。父の中では「女の子だから」つまり私の性別が問題なのでしょう。

「食事中だから、足をバタバタしないで落ち着いて食べようね」なら、まだ理解できますけどね。

社会が女性である人にもとめる「女性としての振る舞い」は、ずっと昔から権力を持つ側の人たちが自分たちの都合のいいように作ってきた「女性にこうあってほしい姿」なのです。

人は女に生まれるのではない、女になるのだ。

ボーボワール「第二の性」

「女の子だから」ではなくて「あなただから」と言ってほしい

「女の子だから〇〇だ」ではなくて、「あなたは〇〇だからこの服が似合うよね、この色が似合うよね」と「あなただから」のニュアンスで言ってもらえたら、プラスの意味で捉えることができるのではないでしょうか。

〇〇に入れるのは、肌が透き通るくらい白いから、背が高いから、髪が黒いから、穏やかな雰囲気だからなどなんでもいいと思うのです。

単に「女の子だから〇〇だね」と言われるよりはるかに嬉しいですし、そのような言い方をしてもらえることで、少なくとも私自身は自分自身の良さがわかり、自己肯定感が上がります。

ジェンダーロールという拘束衣を幼い子供に着せなければ、それぞれの子供に自分の可能性を十分発揮できるスペースを与えることになります。どうかチザルムを個人として見てください。女の子はこうあるべきだなんて見ないでください。彼女の弱さと強さを個人のものとして見てあげて。

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ「イジェアウェレへ フェミニスト宣言、15の提案」(河出書房新社)p.031

この話題についてもっと深く考えたい方におすすめの本

河出書房新社「イジアウェレへ フェミニスト宣言、15の提案」
(著:チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ 訳:くぼたのぞみ)

「フェミニスト宣言」というタイトルから、難しくとっつきにくい内容なのでは?と思われる方もいるかもしれませんが、この本の内容は女の子を出産した友人にあてて著者が書いた手紙がもとになっています。

著者はナイジェリア出身ですが、生きる場所は違えど、感じることは似ているのだなあと思いました。

やさしく語りかけるような調子の文章なので、さくさく読めます。ぜひお手にとってみてくださいね!

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Profile
しのり
しのり
Presentation designer / Writer
94年生まれ。人材業界で法人営業→出版社で紙媒体の教材編集とDTP→フリーに。デザイナーとして企業の会社案内や営業資料、プレゼン資料などの制作支援に携わる。個人でメディアを運営をはじめたことをきっかけにライター活動を開始。現在はSEO、自主企画のインタビュー取材が中心。コーヒーと読書、目的地のない散歩が日課。

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