【イベントレポート】武蔵野大学専任講師・松田こずえさんが語る「ノルウェーの幼児教育とジェンダー」(ノルウェー夢ネット主催)
2024年7月20日(土)にノルウェー夢ネット主催のオンラインイベント『第81回ノルウェーについて学ぶサロン「ノルウェーの幼児教育とジェンダー」~武蔵野大学専任講師・松田こずえさんをお迎えして~』が開催されました。
登壇者は、武蔵野大学専任講師の松田こずえさん。
大学を卒業後、幼稚園の教員としてのキャリアを経て学び直しのためにお茶の水女子大学大学院修士課程・博士後期課程へ。当時来日していたアーナ・ソールバルグ首相のスピーチがきっかけで、ノルウェーの幼児教育研究の道へ進みます。
世界男女平等ランキングで2位*のノルウェー。
今でこそジェンダー平等の考え方が浸透しているものの、もとはかつての日本のように男性中心社会だったそう。1970年代頃から労働政策や家族政策、保育政策が進み、政策面が変化するにつれて少しずつ人々の意識も変わっていきます。
そんなノルウェーで男女平等の考え方が人々の意識までどのように浸透したか、また幼児教育におけるジェンダー平等の実態について、松田さんのご自身の研究内容をもとに現地保育施設の写真を交えながら紹介してくださいました。
今回は、イベント参加者の視点でレポートします。
*2023年、世界146カ国・WEFの調査による。ジェンダー間の経済参加度、教育達成度、健康と生存、政治的エンパワーメントの4つの指標を元に格差を算定
※ 本イベントレポートを当サイトへ掲載するにあたり、主催者・登壇者の方に許可をいただいています。
イベント概要
- 7月20日(土)14:00~15:30
- オンラインにて開催
- URL:https://norwaysalon81.peatix.com/
イベント全体の流れ
- 松田こずえさんの自己紹介と研究内容について
- ノルウェーの幼児教育におけるジェンダーの概要
- 研究紹介
- フォトギャラリー
登壇者プロフィール
松田こずえさん
お茶の水女子大学家政学部児童学科を卒業。幼稚園の教員としてのキャリアを経て、学び直しのためにお茶の水女子大学大学院修士課程・博士後期課程へ。2020年4月からフェリシアこども短期大学、2022年4月から武蔵野大学教育学部専任講師を務める。著書「ノルウェーの幼児教育におけるジェンダー平等と公平性」(明石書店、2024年)
松田こずえさんの自己紹介と研究内容について
アーナ・ソールバルグ元首相のスピーチに圧倒され、ノルウェーの幼児教育研究の道へ
松田さんが「ノルウェーの幼児教育におけるジェンダー」を研究テーマにすることを決めたのは、さまざまな縁が重なったことがきっかけだそう。
そのひとつが、松田さんが修士1年時に来日していたノルウェーのアーナ・ソールバルグ元首相のスピーチを目の前で聞く機会があったこと。
「スピーチの内容は男女平等についてだったのですが、今まであまり考えてもいなかったことがノルウェーではもう当たり前になっていて。目から鱗でした」。
同首相が会場からの質問にきっちりと答えていく様子を見て、日本での政治家に対するイメージとは異なる印象を抱き、勢いとかっこよさに圧倒されたと語ります。
さらに同時期にノルウェーのナショナルカリキュラムを目にする機会があったことも重なり、それまで研究していたテーマをガラッと変え、ノルウェーの幼児教育をテーマに研究することを決心したのだそうです。
ノルウェーの幼児教育におけるジェンダーの概要
女性が働くためには男性が家事育児を担える環境を
今でこそ最も豊かな国のひとつとして挙げられるノルウェー。
もともとあまり肥沃ではない地理的条件であることから、食料が十分になく生活に苦しむ人も多かったといいます。
しかし状況は石油採掘の開始がきっかけで一変。
経済発展が進むにつれ、より多くの労働力が必要な状況となります。当時国内に移民は少なかったこともあり、男性だけの労働力を補うには当時まだ家庭にとどまっていた女性の力が必要でした。
そこでノルウェーがとった施策は、女性だけが仕事と家事育児を両方担うのではなく、男性も家事育児を担えるような環境を法制度の面から作ること。
「男性が働き方を変えないで女性が外で働くとなると、家庭にいる子どもたちを誰が見るのかという問題に。女性が労働市場に出ていくためには、男性が育児に積極的になることが必要です。そのため父親が子育てに関わる時間をどのように確保するかが重視されました」。
これまで家庭にいた女性を労働市場に引き込むだけではなく、男性を家庭に引き込むことに成功したことが、ノルウェーの男女平等の背景に挙げられます。
ノルウェーでの男女平等は「自然に」実現したわけではない
ノルウェーでは2000年代以降、男女平等社会実現に向けてさらに積極的な取り組みが行われてきました。
子どもたちが大人になった際に職業選択の際に偏ったジェンダーバイアスによる選択を防ぐには、伝統的な性別への固定観念を持つ前の幼児期(3~5歳頃)からの環境が大切とのこと。
保育施設での保育者の性別が女性ばかりの場合、「子どもに最終的な責任を持つのは女性」との考え方が根づくことになります。
保育政策の面では、男性保育者が多い施設には助成金を出すほか、男子中学生が同じ男性の保育者から、保育の仕事のやりがいや楽しさについて聞く機会を設けるなど、積極的なキャンペーンが進められてきました。
保育政策以外にも、男性が育休制度を取りやすい環境を整備するなど多方面からアクションが。
「伝統的な固定観念を持つ前の年齢の子どもたちは、これからの男女平等社会を支える担い手のひとりであり、大事な存在なのだと考えられているところに心を打たれました」。
このような取り組み無しに、自然に男女平等の考え方が浸透したわけではないことが分かります。
研究紹介
単なる平等ではなく「真の平等」へ
男女平等だけではなく多様性の尊重も重視し、性別や出自、個人の状況に関係なく、誰もが社会参加できる「真の平等」を目指してきたノルウェー。
その過程で、保育施設の社会での立ち位置にも変化があったと松田さんは言います。
「保育施設はかつて保育に欠ける状況で社会が代わりに面倒を見るサービスとしての考え方がありましたが、徐々に幼児期の教育が生涯教育におけるファーストステップと考えられるように。誰かが子どもたちの面倒をみればよいという考え方から、どのような教育をするのが彼ら一人一人の成長や国にとって大切かという考え方へ変化しました」。
保育施設の増加や幼児教育政策の推進を経て、1975年頃に10%未満だった保育施設への就園率は、2015年以降に90%を越えます。
多様なバックグラウンドを持つ移民の子どもが次第に増えたことから、男女平等に加えて性別や性的志向、民族、文化などに関わらず、個々の子どもたちの多様性を尊重する「真の平等」も意識されるようになりました。
松田さんは、研究の一環としてノルウェーの男性保育者や保護者への聞き取り調査もされています。
「男女平等について改めて教えるというよりは、一人一人の感情を大切に尊重することが重視されている印象です」「政策の変化が、ノルウェーの人々の意識の変化にもしっかりと影響を及ぼしているのだと考えました」。
フォトギャラリー
最後に、松田さんご自身が現地で撮影した写真をもとに、ノルウェーの保育施設の様子や、男性保育者が子どもたちと関わる様子、ICTを活用した幼児教育の様子を紹介してくださいました。
「多様性を学べるから」と性別による身体の違いがわかる絵を保育施設の壁に掲示するほか、「外の空気の方が肺によいから」と保育施設の外で雪の積もる中赤ちゃんをベビーカーに乗せたまま昼寝をさせる様子、
「天気を自分で変えることはできない。適切な服装であればどんな天気でも受け入れられる」との考え方から、天候に関係なく外遊びする様子も。
松田さんがノルウェーの子育て支援施設を訪問した際、3組の親子のうち2組は男性が子どもと一緒に訪れていたそう。
「(子育て支援施設へ)毎日来るのですか」と松田さんが男性に尋ねると「週3勤務で週2日は子どもと一緒に過ごす時間を作っている。自分が担当の日はここ(子育て支援施設)へ来ます」とのこと。
最初は法制度の整備から始まった男女平等や多様性を大切にする考え方が、暮らし方や働き方など個々人の意識にまで及んでいることを伺わせるエピソードでした。
ジェンダー平等の面ではまだまだ世界に遅れをとる日本。
松田さんのお話から伺えるノルウェーの例は、私たちが性差に関わらずより豊かに生きるためのヒントになるかもしれません。
関連リンク
松田こずえさん著書:「ノルウェーの幼児教育におけるジェンダー平等と公平性」(明石書店、2024年)
ノルウェー夢ネットHP:https://www.norway-yumenet.com/